東京の地霊(鈴木博之/ちくま学芸文庫)

erevan2009-09-26

かつて、この本の解説を担当した藤森照信は、「東京に地霊はない」と言い切った。著者にケンカを売るような解説など前代未聞だが、「地霊とは精霊のようなものであり、東京のそれはとっくに死に絶えている」という藤森の主張は、あまりに素朴な自然観に根ざしていた。東京に住む者の実感として、各所に点在する江戸期から明治、昭和を経て現在に至るまでの歴史の痕跡、生活の堆積を垣間みる時、「土地の記憶」のように生温い言葉では言い表せない、異様な凄みといったものが実在することは確かだと思う。そこを捉えて「東京の地霊」と言い当てた鈴木の感性は、「自然/人為」などという語義的な対立を越えて、実に得心がいくものだ。この本の出版がバブル崩壊前夜だったことも見逃せない。当時、東京中で土地が掘り返され、削られ、破壊的な土地開発が進行していた。鈴木は、東京の地霊が、そこら中でガスのように噴出していたのを目撃していたのではあるまいか。